熊本地震 被災ペットの一時預かり

災害時の一時預け先の注意点
災害時、私たち飼い主は自身の安全確保のみならず、生活再建に向けた煩雑な手続きや情報収集など、多岐にわたる対応に迫られます。
具体的には、避難先の確保、行政への各種届出、食料や生活必需品の調達、家族や知人の安否確認、そして絶え間ない余震への不安など、短期間に処理すべき事項は膨大かつ緊急性を要するものばかりです。まさに心身ともに極度の緊張と疲弊を強いられる状況と言えるでしょう。
そのような切迫した状況下で愛するペットを抱えていると、どうしても行動が制約され、避難所への入所を諦めたり、必要な支援を受けに行くことすら困難になる場合があります。
だからこそ、ペットを一時的に信頼できる場所に預け、まずは飼い主自身がこれらの喫緊の課題に迅速かつ集中的に取り組み、生活の立て直しに集中し、一日も早くペットとの穏やかな日常を取り戻す、という選択肢を持つことが必要になる場合があります。普段一人暮らしでペットを飼育しているケースではこの選択肢を持つことは更に重要となります。
よくSNSでは「何があっても大切な家族なんだからひと時たりとも離れない」そう言う人もいますが、それは実際に被災した事がないから言える事です。災害、被災者となることはそんなに甘くはありません。
一時預かりの選択肢を持つこと。
この一時預かりによって飼い主は物理的な制約から解放され、ためらうことなく各種手続きや支援物資の受け取りに赴くことが可能になります。ただし、この「一時預かり」には絶対的な条件があります。それは、心から「信頼できる預け先」を確保することです。過去の災害では、残念ながらそうとは言えない事例も散見されました。
例えば、熊本地震の際には、ある保護団体が犬の一時預かりの条件として「飼い主と犬を面会させない」という方針を打ち出しました。その情報を耳にし、預かりを検討していた飼い主さんの一人は、「あり得ない。なぜそんな酷いことができるのか」と強い憤りを示しておられました。
被災し疲弊した飼い主にとって、愛犬との面会は大きな精神的支えとなるはずです。それを一方的に遮断することは、さらなる精神的苦痛を与えかねず、ペットの福祉の観点からも問題があると言わざるを得ません。
ここで、アメリカで行われた保護犬に関する興味深い大規模調査をご紹介します。
この調査は、シェルターで暮らす犬を日帰りや一泊といった短期間、外部のボランティアに預け、その前後で唾液中のコルチゾール(ストレスホルモン)値を測定するというものです。懸念されたのは、「短期間でもシェルターの外の家庭環境を経験した犬が、再びシェルターに戻された際に、かえって大きなストレスを感じるのではないか」という点でした。
しかし、調査結果は注目すべきものでした。シェルターから出て外部で過ごした犬のストレス値は著しく減少し、その後シェルターに戻っても、ストレス値は以前の平常レベルに戻るだけで、決して増加することはなかったのです。
この結果から、研究者たちは「短期間のシェルター外での経験は、犬にとって少なくとも有害ではない。これは、私たちが週末に旅行や趣味でリフレッシュし、また新たな気持ちで月曜日に仕事に戻るのと似ている」と結論付けています。
この研究結果は、災害時という特殊な状況下での一時預かりが、必ずしも犬にとって過度な精神的負担となるわけではない可能性を示唆しており、私たちが一時預かりを検討する上での一つの安心材料となり得ます。
もちろん、飼い主と離れて一時的に預けられた犬が、その後に飼い主と面会した際にどれほどストレス値が減少するかは、改めて研究するまでもありません。ペットにとって飼い主は絶対的な存在であり、その存在を感じること、温もりに触れることは何よりの安心と喜びに繋がるのです。
ペット防災の基本は、言うまでもなく、災害時であっても飼い主がペットの適正飼育を継続し、可能な限り傍にいて関わり続けることです。しかし、それが困難な状況も想定しなくてはなりません。飼い主には災害への備えとして、普段から家族や親類、友人といった「信頼できる預け先」を確保しておくことが求められます。
また熊本地震で様々な厳しい現実を目の当たりにした経験から強く感じるのは、災害時のペット同行避難支援においては、動物愛護の精神はもちろん重要ですが、それ以上に「被災者支援」という視点が不可欠であるということです。
「犬に面会させない」そう言った団体は普段は保健所から保護犬を引き出し譲渡するいわゆる動物愛護団体で、動物保護の事に関しては慣れていても、「被災者支援」の観点はかけていたように思えます。
災害時のペット同行避難支援は「被災者支援」そのものです。
この「被災者支援」としての視点は、単に動物の命を救うという動物愛護活動とは異なる位相にあります。災害時におけるペット支援の核心は、ペットを家族の一員として愛し、その存在に精神的な支えを得ている「被災した飼い主」の心を守り、生活再建への困難な道のりを支えることにあります。
ペットの安全を確保することは、飼い主の二次的な精神的被害を防ぎ、ひいては地域社会全体の復興を後押しする力となるのです。これは動物福祉の追求と同時に、人間中心の支援哲学に基づいた活動であり、この両輪があって初めて真に実効性のある支援が実現すると言えるでしょう。
災害時にペットと関わる全ての人たちはその基本的考え方である「災害時のペット支援は被災者支援である」ということを胸に刻む必要があります。