【熊本地震 現地レポート】熊本地震ペット同行避難の現実 第一章

飼い主の会を中心にルールを徹底し、避難所内での生活が落ち着きを見せ始めた頃のことです。
施設管理者であるYMCAの職員さんから、ある決定を事前に知らされました。
衛生面やアレルギーへの配慮に加え、避難所の再編で新たな被災者を受け入れることになったのです。
その結果として、室内にいたペットたちは屋外へ出されることになりました。
室内避難の終了と行き場を失う飼い主たち
これは、決してペットだけの問題にとどまるものではありません。
動物が屋外へ出されれば、共に生活していた飼い主さんたちも行き場を失ってしまいます。 飼い主さんの多くは自宅が全壊しており、安全に戻れる場所は既に失われている状態でした。
行き場を失うことは、車中泊の継続や健康被害のリスクに直結する深刻な事態と言えるでしょう。
ペットを屋外に出すという行政の判断には、避難所全体の運営を考える上での理由があります。
だからこそ、私たちはこの決定をただ悲観するのではなく、次の一手を打つ必要がありました。被災者支援としてのペット支援を形にし、飼い主と動物たちの居場所を確保しなければならなかったのです。
予測されていた事態と一時預かり施設の構想
私たちは状況の変化から、こうした事態がいずれ訪れると想定していました。
そのため、独自にペットの一時預かり施設を開設する準備を水面下で進めていたのです。 この構想を、避難所の責任者であるYMCAの山根さんに思い切って相談してみました。
すると、「では、その計画をすぐに進めてください」という心強い言葉をいただいたのです。
さらに、場所は避難所の敷地内に確保すると確約してくださいました。
行政に対する設置の許可も、YMCA側が責任を持って取ると約束してくれたのです。
この迅速な判断がなければ、多くの飼い主さんが途方に暮れていたことでしょう。
物理的な安全な場所を確保することは、被災者の心の安定に直結する重要な支援となります。
民間委託だからこそ実現したスピード対応
この異例とも言える迅速な対応の背景には、明確な理由が存在します。
それは、施設の管理運営が民間のYMCAに委託されていたという事実です。
もし行政の直接管理であれば、判断や手続きに膨大な時間を要したと考えられます。
民間の組織だからこそ、現場の状況に合わせた柔軟で早い決断が可能だったのです。
さらに、山根さんご自身がスマトラ沖地震などの災害支援を経験されていました。
過去の現場を知るからこそ、非常時における優先順位を的確に見極めることができたのでしょう。
平時から自治体と民間団体が連携し、柔軟に動ける体制を作っておくことが重要です。
行政の力だけでは対応しきれない課題を、民間が補完するモデルケースだと言えます。
共生に向けた地道な活動が信頼関係を構築
もちろん、単に民間団体だったから要求がスムーズに通ったわけではありません。発災直後から避難所運営側と緊密に連携してきた日々の積み重ねが重要だったのです。
私たちは飼い主の会を設立し、他の被災者との共生を図るルールを徹底してきました。
日頃からの適正飼養という「自助」の精神が、ここで大きな意味を持ち始めます。抜け毛の飛散を防ぐケアや排泄物の適切な処理など、地道な行動を継続しました。
こうした飼い主さん自身の努力があったからこそ、運営側も真摯に対応してくれたのでしょう。
支援者としての提案を受け入れてもらうには、まず現場での信頼関係が不可欠です。自分たちの主張を通す前に、周囲への配慮を行動で示すことが求められます。
「誰を排除するのか」という社会インフラの課題
施設開設の準備を進める中で、山根さんが私に語ってくれた言葉があります。
「冨士岡さん、もし動物たちを避難所から排除したとしたらどうなるでしょうか。」
「次は『誰を』排除するのか、という危険な考え方に繋がりかねません。」
この言葉は、災害支援の核心を突くものとして今でも深く胸に刻まれています。だからこそ、出来る限りの事はやりますと、彼は力強く宣言してくれました。
ペット問題は飼い主だけの問題ではなく、被災地全体に関わる社会的な課題なのです。
ペットを切り捨てる社会は、次に支援が必要な別の人々を切り捨てるかもしれません。
誰一人取り残さない社会を実現するための、まさに最前線の決断だったと言えるでしょう。
益城町わんにゃんハウスの開設準備
行政からの許可も無事に下り、一時預かり施設の計画は一気に現実のものとして動き出します。避難所敷地内のテニスコートに隣接した空き地に、新たな居場所の整備を開始しました。
気温の上昇に備えてエアコンを備えたコンテナを3基設置し、安全な環境を整えます。さらに、周囲をフェンスでしっかりと囲み、運動不足を解消するドッグランも作りました。

環境大臣の視察と想定外の資金援助
この一時預かり施設の構想が立ち上がった当初、私たちは大きな課題に直面していました。
それは施設を建設し、維持していくための運営資金の確保です。
当初は寄付を募り運営しようとしていました。 一刻も早く飼い主と動物たちの居場所を作らなければならないという、時間との勝負だったのです。
そんな折、避難所の状況を確認するため、当時の丸川環境大臣が視察に訪れました。
私は現場責任者として大臣に同行避難の現状を直接お伝えしました。
避難所の再編によってペットが屋外へ出されること、それに伴い飼い主も行き場を失うこと。
そして、この問題を解決するために敷地内に専用の預かり施設を設ける計画があることを説明しました。現場のリアルな状況と課題を真摯に受け止めていただき、事態は大きく動きます。
その結果、環境省からの支援を受けられるという決定が下されたのです。
緊急時における国の迅速な対応により、資金面での不安は一気に解消されることになりました。これは、ペット問題が公的な支援対象として明確に認識された瞬間でもありました。
国、自治体、民間が連携する運営体制の確立
資金援助が決定したことで、運営体制はより強固なものへと進化していきます。
その後、環境省、益城町、そして避難所と連携しての運営が始まりました。 公的な支援体制に、民間の機動力と専門知識が加わった新しい運営モデルの誕生です。
一部のボランティアの負担に頼るのではなく、社会体制としての支援の枠組みが出来上がりました。
この連携は、その後の施設運営において非常に大きな意味を持ちます。
行政の信頼と民間の柔軟性を併せ持つことで、トラブルへの対応や物資の調達がスムーズに行えるようになったのです。
行政と民間がそれぞれの役割を果たしながら協力し合う体制。
これこそが、私たちが目指すべき「公助・共助」を体現したペット防災のあり方だと言えるでしょう。
次の被災地へ繋ぐ責任と飼い主の覚悟
施設のハード面が整い、いよいよ入居の段階を迎えます。しかし、施設が完成したからといって、すべての問題が解決したわけではありません。むしろ、ここから集団生活のルールを維持し、トラブルなく運営していくことの方が難しいのです。
そこで私は入居前に「飼い主の会」の方々を集め、支援者としての率直な思いを伝えることにしました。
「今回このような施設が開設される事になりましたが、この対応を当たり前とは思わないでください。これは日本初の試みです。」
「もし今回わんにゃんハウスに入居した皆さんがマナー違反などしたら、次にどこかで災害が起きた時、誰も飼い主と動物たちを助けてくれなくなります。」
「これまで通りサポートしますので、一緒に頑張りましょう」
そう締めくくった私の言葉に対し、飼い主さんたちは静かにうなずいていました。これまでの避難生活の中で、適正飼養の大切さを身に染みてわかっていたからです。
飼い主さんたち一人ひとりが、自分たちの行動の重みと責任をしっかりと受け止めていた瞬間でした。
災害はいつ起こるかわかりません。いざという時に備えるための具体的な手順や同行避難のポイントは、【ペット防災ガイド】にわかりやすくまとめています。

そして迎えた「わんにゃんハウス」開設の日
わんにゃんハウスは、飼い主がペットをただ預けるだけのシェルターではありませんでした。
誰かに任せきりにするのではなく、飼い主さん自身が主体となり、ボランティアと行政がそれを支える施設としてスタートしたのです。
自助の精神と、公助・共助の仕組みが連携した取り組みが、ここから始まりました。
そして、発災から1ヶ月が過ぎようとしていた平成28年5月16日。多くの方々の協力で、「益城町わんにゃんハウス」が開設されました。
ここは単なる動物の預かり所ではなく、飼い主さんたちが安心を取り戻し、自立へ向かうための場所と言えます。
熊本地震のペット同行避難支援は、ここからまた新たな一歩を踏み出したのです。




















