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【ペット防災コラム】災害対策は「起きる前」に決まっている —— 事業者が担う「啓発」の重要性

私たちNPO法人ペット防災ネットワークには、多くの動物取扱事業者の方からこのような質問が寄せられます。 「災害時に、私たち事業者に何ができますか?」

被災地への物資支援、一時預かりのボランティア……発災後の支援はもちろん重要です。しかし、実際に熊本地震の現場を経験した立場から申し上げれば、実は「災害が起きてからできること」は非常に限られています。

道路は寸断され、通信網は麻痺し、皆様自身のお店も被害を受けているかもしれません。そんな極限の混乱の中で、ゼロから支援活動を立ち上げるのは至難の業です。 だからこそ、強調して何度でもお伝えしたいことがあります。

「災害時に何をするか」を考えるよりも、「平時に何をしておくか」の方が100倍重要です。

災害対策の勝負は、地面が揺れる前にすでに決まっています。平時の穏やかな日常の中で、どれだけの準備と信頼を積み重ねてきたか。その「貯金」だけが、災害時の混乱を切り抜ける唯一の力になります。 では、具体的に平時に何をすべきなのでしょうか。私たちは大きく分けて3つの柱があると考えています。飼い主への啓発 飼い主同士のコミュニティ作り 自治体との連携。

本コラムでは、この中から、まず最も身近で重要な「飼い主への啓発」について、前編として深掘りしていきます。

行政の広報誌よりも、トリマーの一言

皆さんは、行政が配布している「防災マップ」や「防災の手引き」を、隅から隅まで熟読している飼い主さんをどれくらいご存知でしょうか? 正直なところ、ほとんどいらっしゃらないのが現実でしょう。多くの飼い主さんにとって、行政の発信する情報はどこか「他人事」として受け止められがちです。

しかし、普段から信頼しているトリマーさんやドッグトレーナーさんの一言となると、話は全く別です。

例えば、カットの最中にこんな風に声をかけられたらどうでしょうか。 「〇〇ちゃん、ちょっと怖がりなところがあるから、もし避難所に行くことになってクレート(ハウス)に入れなかったら、ストレスで体調を崩しちゃうかもしれませんね。今のうちに少しずつ練習しておきませんか?」

行政のチラシに「クレートトレーニングをしましょう」と書いてあるよりも、「あ、そうなんだ。うちの子のために練習しよう」と、すんなり心に入ってくるはずです。 また、ペットショップでフードを購入されるお客様に、「もし大きな地震が来て、いつものフードが流通しなくなったら困るから、一袋多めにストックしておくと安心ですよ(ローリングストック)」とアドバイスをすれば、「じゃあ、今日もう一つ買っておきます」となるでしょう。

これこそが、日頃から動物と接している事業者にしかできない「生きた啓発」です。 皆様の言葉には、行政の広報にはない「信頼」と「重み」があります。日常業務の中での何気ない会話こそが、実は最強の防災教育になるのです。

適正飼養こそが最強の防災対策

では具体的に、お客様に何を伝えればいいのでしょうか。 実は、特別な「防災テクニック」を教える必要はありません。皆様が普段からプロとして推奨している「適正飼養(当たり前の飼い方)」の徹底こそが、最大の防災対策になります。

1. クレートトレーニング(ハウス待機)
避難所では、ケージやクレートの中での生活が基本となります。普段からそこが「安心できる場所」になっていなければ、ペットはパニックに陥り、鳴き叫び、結果として避難所からの退去を余儀なくされることもあります。 「ハウスができること」は、避難所に入るための**入場券(パスポート)**です。これを伝えられるのは、トレーナーやショップの皆様です。

2. ワクチン接種とノミダニ予防
多くの動物が密集する避難所は、感染症のリスクが高まる場所でもあります。ワクチンを接種していない、ノミダニ予防をしていないという事実は、周囲への配慮として、また感染リスク管理の観点から、受け入れを拒否される正当な理由になり得ます。 「ワクチンの証明書」がなければ避難所に入れない地域も実際にあります。これは獣医師だけでなく、全ての事業者が確認し、啓発すべき重要事項です。

3. 身元表示(マイクロチップ・迷子札)
災害時、パニックで逃げ出してしまったペットが、再び飼い主の元に戻れるかどうか。その運命はマイクロチップや迷子札がついているかにかかっています。 熊本地震でも、何も身元表示がなかったために飼い主が判明せず、殺処分の対象になりかけた子がいました。販売時や施術時に、これらがいかに「命綱」となるか、強く推奨してください。

これらは全て、平時の「しつけ」や「マナー」の話です。しかし、災害時にはこれらが「命を守るための必須条件」へと変わります。 「しつけ」=「防災」。「健康管理」=「防災」。 この等式をお客様の意識に刷り込めるのは、日々現場で動物と向き合っている皆様だけなのです。

飼い主さん向けペット防災完全ガイドはこちらから

飼い主の「意識のスイッチ」を入れる

もう一つ、事業者の皆様に行っていただきたい重要な啓発があります。 それは、「あなたの街の避難所を知っていますか?」というシンプルな問いかけです。

「〇〇さんのご自宅からだと、指定避難所は小学校ですよね。あそこが『ペット可』かどうか、役所に問い合わせたことはありますか?」

この一言を、ぜひお客様にかけてあげてください。 ほとんどの方が「えっ、知らない」と答えられるでしょう。 「じゃあ、今度聞いてみてください。もしダメなら、どうするか今のうちに家族会議をしておいた方がいいですよ」

たったこれだけの会話で、飼い主さんの「意識のスイッチ」が入ります。「行政がなんとかしてくれるだろう」という受け身の意識が、「自分で調べなきゃ」「自分で守らなきゃ」という「自助」の意識へと変わります。

お客様の防災意識を底上げしておくことは、巡り巡って、災害時に皆様自身の元へ救助要請や相談が殺到するのを防ぎ、皆様の負担を減らすことにも繋がります。

明日のお客様との会話に、たった一言、「防災」のエッセンスを加えてみてください。それが、そのご家族とペットの命を救う、確かな種まきになります。

当法人の活動実績はこちらから

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