やってみないと分からない! ペット同行避難訓練 計画の重要性と実践から見えた課題
はじめに:その「備え」、本当に万全ですか?
「災害が起きたら、ペットと一緒に避難する」 今や、多くの飼い主さんにとって当たり前の意識となりました。防災リュックにペットフードを詰め、ケージやキャリーバッグを準備し、「うちは大丈夫」と思っている方も少なくないでしょう。
しかし、その備えは本当に万全でしょうか。 いざという時、パニック状態のペットをスムーズにキャリーに入れられますか?避難所の受付で、何時間も待たされる可能性を想像したことがありますか?ようやくたどり着いた避難場所が、ペットにとって過酷な環境だったら…?
熊本地震や能登半島地震、そして近年の頻発する豪雨災害など、多くの災害は私たちに「ペットとの同行避難」という厳しい現実を突きつけました。環境省のガイドラインでも同行避難が原則とされていますが、その理想と現実の間には、まだ大きなギャップが存在します。
そのギャップを埋め、かけがえのない家族であるペットの命を守るために、今、最も重要視されているのが「ペット同行避難訓練」です。本記事では、なぜ訓練が必要なのか、そして訓練を成功させるためのポイントを、実際の参加者の声をもとに深掘りしていきます。
なぜ「訓練」が必要なのか? – 机上の空論で終わらせないために
ペット同行避難訓練と聞くと、「実際にペットを連れて避難場所まで歩いてみる練習」を想像するかもしれません。もちろんそれも重要ですが、本質はもっと奥深いところにあります。
訓練とは、飼い主、ペット、ペットを飼っていない地域住民、そして避難所を運営する行政職員などが一堂に会し、実際に起こりうる問題をシミュレーションする「課題発見の場」です。
ある訓練参加者はこう語ります。 「避難所運営者や自治体職員にとって、実地での訓練は机上のシミュレーションゲームとは全く違うという認識を持つ絶好の機会です」
マニュアルを読むだけでは気づけない問題点、それぞれの立場からの意見、そしてペット自身の反応。これらをすべて洗い出し、共有し、改善策を考える。この一連のプロセスこそが、ペット防災において机上の空論をなくし、本当に機能する備えを構築するために不可欠なのです。
成功の鍵は「計画(Plan)」 – 訓練を実りあるものにするPDCAサイクル
「とりあえずやってみよう」という精神も時には大切ですが、防災訓練においては、事前の「計画(Plan)」がその成否を分けると言っても過言ではありません。
以前、佐賀県で行われた訓練に参加された方からも、「事前にしっかりと計画された訓練だったからこそ、実際の訓練で様々な検討課題が明確になった。この様なシミュレーションは計画段階がとても重要」という感想が聞かれました。
ここで有効なのが、PDCAサイクル(計画Plan → 実行Do → 評価Check → 改善Action)です。
Plan(計画):
目的・目標設定:誰のために、何を確認するための訓練なのかを明確にします。(例:「初めて避難する飼い主が、受付から避難スペース設営までをスムーズに行えるようにする」)
リアルなシナリオ作成:地域のハザードマップを参考に、「平日の昼間に震度6強の地震が発生」「夜間に河川が氾濫」など、具体的なシナリオを設定します。「その災害は、ある程度の予測時間がある台風や豪雨ですか?それとも、突発的に発生する地震ですか?発災時刻は?家族は一緒にいますか、それとも職場や学校などバラバラの場所にいますか?」
シナリオを具体的に描くほど、取るべき行動も明確になります。避難経路に危険はないか、ペットを連れて安全に通れるか、地図上で複数ルートを確認しておくことも重要です。
役割分担:誰が受付を担当し、誰がペットスペースへ誘導するのか。飼い主同士で協力できることはないか、例えば「要援護者とペットの避難を手伝う」「地域の動物病院との連絡役になる」など、具体的な役割を事前に話し合っておくと、当日の混乱を防げます。
ペット用品の確認:本当に必要な備蓄品は何か、リストを再確認します。
しっかりとした計画があるからこそ、次の「実行(Do)」フェーズで具体的な課題が浮き彫りになり、その後の「評価(Check)」「改善(Action)」へと繋がっていくのです。
訓練で直面した「想定外」- 参加者のリアルな声から学ぶ課題
どれだけ緻密に計画を立てても、「想定外」は起こり得ます。しかし、それこそが訓練を行う最大の価値です。ここでは、ある訓練参加者のリアルな体験談から、具体的な課題を見ていきましょう。
課題①:受付の混乱が引き起こす二次災害のリスク
その訓練では当初、感染症対策も考慮し、玄関先の屋外で一組ずつ受付を行いました。しかし、消毒や検温、書類確認に想定以上の時間がかかり、受付待機者の列ができてしまいました。
天候のリスク:もしこれが真夏日の炎天下や、土砂降りの豪雨だったらどうでしょう。車で待機するにしても、長時間エンジンをかけられない状況では熱中症のリスクが高まります。飼い主とペットの体力が、避難所に入る前に尽きてしまうかもしれません。
混雑によるトラブル:急遽、屋内に受付を移動させたものの、今度は動線の管理ができず、人とペットでごった返してしまいました。ただでさえ大きなストレス下にあるペット同士が吠え合ったり、人や物に噛みついてしまったりするトラブルや、ペットが苦手な他の避難者との間で軋轢が生まれる可能性も十分に考えられます。
この経験から、「受付は複数ライン作るべきか」「事前にオンラインで仮登録できる仕組みは作れないか」「ペット連れ専用の待機場所を確保できないか」など、具体的な改善策が検討されました。
課題②:「ペットスペース」が灼熱地獄に?見落とされがちな環境問題
訓練が行われたのは6月。参加者が誘導された体育館の隅に設けられたペット受け入れスペースは、空調が効きづらく、じっとしていても汗が噴き出すような暑さでした。
季節変動の考慮不足:避難所として指定されている施設の多くは、季節や時間帯によって環境が大きく変化します。特に体育館や公民館は、夏は暑く、冬は底冷えすることが少なくありません。
ペットへの深刻な影響:人間以上に暑さ・寒さに弱い動物も多くいます。特に短頭種の犬や高齢のペットにとって、劣悪な温度環境は命取りになりかねません。「受け入れスペースがある」という事実だけで安心するのではなく、「その場所が、季節ごとにどのような環境になるのか」を事前に調査し、対策(冷暖房器具、電源の確保など)を講じておかなければ、せっかくのスペースが意味をなさなくなってしまいます。
課題③:「音」と「匂い」というデリケートな問題
避難所という非日常空間では、ペットも極度のストレスを感じます。一頭が吠え始めると、他の犬もつられてしまい、大きな騒音となってしまうことがあります。また、猫も慣れない環境で鳴き続けてしまうかもしれません。こうした「音」の問題は、他の避難者の睡眠を妨げるなど、深刻なトラブルに発展しかねません。 さらに「匂い」の問題も重要です。普段は完璧にトイレができる子でも、環境の変化で粗相をしてしまうことは珍しくありません。排泄物の処理ルールや、衛生管理の方法を確立しておかないと、避難所全体の環境悪化に繋がり、動物が苦手な方との間に大きな溝を生んでしまいます。これらは飼い主のしつけだけで解決できる問題ではなく、避難所全体の課題として捉え、対策を講じる必要があります。
これらの「想定外」は、実際にその場に身を置いてみて初めて分かる、極めて重要な気づきです。
訓練がもたらす3つの効果 – 参加者全員の「自分ごと」にするために
ペット同行避難訓練は、単に飼い主のためだけのものではありません。参加するすべての立場の人々にとって、大きな意義と効果をもたらします。
① 飼い主にとって:「知っている」と「できる」の差を埋める
普段から「クレートトレーニング」や「無駄吠えさせない」などのしつけに取り組んでいても、非常時にはペットも飼い主もパニックに陥ります。訓練は、普段のしつけの重要性を再認識し、自分の防災意識や備えに何が足りないかを身をもって知る絶好の機会です。「知っている」と「実際にできる」との間にある大きな壁を、経験によって乗り越えることができます。愛犬・愛猫が非常時にどのような反応をするのかを知るだけでも、大きな収穫と言えるでしょう。
② 地域住民(ペットを飼っていない人)にとって:相互理解への第一歩
「災害時には、こんなにたくさんのペットも一緒に避難してくるんだ」という事実を目の当たりにすることは、ペットを飼っていない住民にとって非常に重要な体験です。動物が苦手な方、アレルギーを持つ方の不安を共有し、「では、どうすれば共存できるか」を一緒に考えるきっかけになります。ゾーニング(区画分け)のルール作りや、お互いのための配慮など、問題意識の共有が、より良い避難所運営に繋がります。また、何をすべきでないかを知る機会でもあります。例えば、「むやみに他人のペットに触らない、食べ物を与えない」「ストレスを感じている動物には近づかない」といった具体的な知識は、無用なトラブルを防ぎ、地域全体の防災力を向上させます。
③ 行政・避難所運営者にとって:実践でしか得られない経験値
マニュアル上では完璧に見えた受け入れ体制も、実際にやってみると様々な不備が見つかります。受付の混雑、スペースの環境問題、住民からの多様な要望など、現場で起こるリアルな課題を体験することで、より実践的で効果的な避難所運営計画へと改善していくことができます。特に、多様なペット(犬、猫、小動物、鳥など)が来た場合にどう対応するか、飼い主からの相談にどう応えるかなど、血の通った対応力を養う上で、訓練に勝るものはありません。
まとめ:地域の防災訓練に「ペットとの同行避難」を組み込もう
ペット同行避難訓練は、何か特別なイベントではありません。本来、地域で行われる防災訓練全体の中に、当たり前の項目として組み込まれるべきものです。
この記事を読んでくださった皆さんも、ぜひ一度、お住まいの自治体や町内会で行われる防災訓練の内容を確認してみてください。もし、ペットに関する項目がなければ、勇気を出して「ペットの同行避難訓練もできませんか?」と声を上げてみることが、地域全体のペット防災意識を高める大きな一歩となります。
私たちNPO法人ペット防災ネットワークでは、こうした訓練の計画や実施に関するご相談も受け付けています。また、訓練に参加する前の基礎知識を学びたいという方向けに、定期的にセミナーも開催しております。
「訓練」という経験を通じて、理想の「ペット防災」を現実に変えていく。その積み重ねが、いざという時にあなたと、あなたの大切な家族の命を守ることに繋がるのです。


