ペット防災は行政だけでは限界。市民の声と企業の力で実現する「官民共創」のカタチ

頻発する自然災害は、ペットと飼い主の日常を脅かしています。しかし、行政が発信するペットの防災情報は、本当にそれを必要とする人々に届いているのでしょうか?
本稿では、行政主導の「普及啓発」が抱える課題を分析し、市民の声と民間の力を融合させた「官民共創」こそが、実効性のあるペット防災を実現する鍵であることを、福岡市の先進的な事例をもとに提案します。
「普及啓発」の本当のゴールは「行動変容」
まず、「普及啓発」という言葉の目的を再確認しましょう。それは単に情報を知らせることではありません。 最終的なゴールは、情報を受け取った飼い主が「じぶんごと」として災害リスクを認識し、具体的な「行動変容」を起こすことです。
フードや水を備蓄する
避難経路を確認する
ケージやしつけに慣れさせておく
マイクロチップを装着する
これらの一つひとつが、目指すべき「行動変容」の姿です。 しかし、人の意識を変えるのは容易ではありません。だからこそ、心に響き、具体的な一歩を促す「効果的なアプローチ」が不可欠なのです。
その啓発、本当に届いていますか? 行政が抱える構造的課題
多くの自治体は、ウェブサイトへの情報掲載やパンフレット配布、講演会などを実施しています。しかし、これらの努力は、本当に届けるべき層に届いているのでしょうか?
考えてみてください。わざわざ自治体のサイトの奥深くにあるPDFを探し出したり、休日に防災セミナーへ足を運んだりする人は、すでにある程度の防災意識を持っている「情報を求めている層」です。
本当に啓発が必要なのは、災害への関心が薄く、対策が後回しになっている大多数の飼い主たちです。彼らが、自ら進んで行政の情報を探しにいく可能性は、残念ながら低いと言わざるを得ません。
情報は、発信するだけでは意味がありません。受け手の生活動線上で、心に響く形で届けられなければ、存在しないのと同じなのです。
市民の声が動かした、福岡市の「防災選」
こうした中、福岡市で画期的な動きが生まれました。大手企業9社と福岡市が参画する共同事業体「Fukuoka Smart City Community(FSC)」による、市民参加型プロジェクト「防災選」です。
これは、FSCが次に取り組むべき防災アクションを、市民自身のオンライン投票で決定するというもの。2022年、この投票で9つの候補の中から第1位に選ばれたのが、まさに「ペット防災」でした。
この結果は、行政がトップダウンで課題設定するのではなく、市民自身の声によって「ペット防災」が最重要課題の一つとして選ばれたことを意味します。これは、従来の「与えられる防災」から**「みんなで創る防災」**への転換を象徴する、非常に重要な出来事です。
多様なアプローチで届ける「福岡ペット防災プロジェクト」
市民の選択を受け、FSCはNPO法人ペット防災ネットワークも監修として参画した「福岡ペット防災プロジェクト」を開始。多様な企業がそれぞれの強みを活かし、飼い主の日常に溶け込むアプローチを展開しました。
デザイン集団ハイタイド おしゃれな「ペット情報カード」を制作し、飼い主が訪れる動物病院で7000枚以上を配布。
福岡銀行(FSCメンバー) 公式YouTubeで「お金」を切り口にしたペット防災番組を配信。金融機関ならではの視点で現実的な不安に寄り添いました。
ホームセンターグッデイ 県内42店舗でペット防災グッズコーナーを展開。日常の買い物の中で防災意識に触れる機会を創出。
LINE Fukuoka(FSCメンバー) インフルエンサーを起用した記者発表会や、福岡市LINE公式アカウントの「避難行動支援」機能の周知を強化。
これらの活動は、動物病院、銀行、小売店、ITプラットフォームといった生活動線上の様々な接点で、無理なく自然に防災情報に触れる機会を創り出し、行政だけではリーチしにくい層へ情報を届けることに成功した好例です。
私たちも、企業や自治体と連携したペット防災セミナーを各地で開催しています。https://petbousai.jp/seminar/
自治体に求められる「ファシリテーター」としての役割
この福岡市の事例は、今後の防災啓発における官民連携の重要性を示しています。 これからの自治体には、自らが全てを担う「プレイヤー」ではなく、市民や民間企業の力を引き出す「ファシリテーター(促進役)」としての役割が求められます。
自治体が果たすべき役割の例
共創の場の醸成: FSCのような官民連携プラットフォームを支援し、多様な主体が協働できる環境を整備する。
積極的な情報共有: 自治体が持つ災害リスク情報や過去の教訓を民間と共有し、課題認識を共通化する。
柔軟な制度運用: 民間の斬新なアイデアを阻害しないよう、規制や手続きを弾力的に運用する。
市民参加の促進: 「防災選」のような機会を設け、施策決定に市民の声を反映させる。
まとめ:真の官民共創で、災害に強い社会を
ペットと飼い主を災害から守る普及啓発は、行政だけの努力では限界があります。 真に「届く」啓発とは、市民自身のニーズから始まり、多様な民間企業がそれぞれの専門性を持ち寄り、行政がそれを後押しすることで実現します。
ペットの災害対策は、飼い主の「自助」、地域の「共助」、行政の「公助」の連携が不可欠です。その歯車を力強く回すエンジンこそ、市民参加とセクターを超えた官民の「共創力」に他なりません。 市民の声に真摯に耳を傾け、共に未来を創るパートナーとして手を取り合うこと。それが、全てのペットと飼い主が安心して暮らせる社会への第一歩です。
Fukuoka Smartcity community 「防災選」ペット防災ページはこちら(外部リンク)https://fukuoka.smartcity-community.jp/bousai/202209/