なぜペット防災は進まないのか?「防災基本計画」の修正が示す真因
はじめに:日本の防災の根幹「防災基本計画」とは
日本の災害対策は、災害対策基本法という法律に基づいて進められています。そして、この法律に基づき、国の防災に関する最も重要かつ基本的な計画として策定されるのが「防災基本計画」です。
この計画は、内閣総理大臣を会長とする中央防災会議が作成するもので、国、地方公共団体、そして国民が果たすべき責務や、防災に関する基本的な方針を定めています。文字通り、日本のあらゆる防災対策の根幹をなす最上位の計画であり、その一文一文の修正には極めて重い意味が込められています。
近年、この国の防災の礎とも言える計画において、ペットに関する記述が大きく変化しています。特に、能登半島地震の教訓を踏まえて修正された令和6年(2024年)の計画は、日本のペット防災がなぜ停滞しているのか、その根本的な原因を浮き彫りにしました。
令和6年防災基本計画、6つのペット関連修正点の詳細
令和6年の防災基本計画では、ペット(家庭動物)に関する記述が6か所にわたり追加・修正されました。これは異例の多さであり、国がこの問題をいかに重視しているかの表れです。それぞれの修正点は、これまでの災害現場で起きていた課題に直接対応するものとなっています。
防災知識の普及、訓練:「家庭動物の飼養の有無による被災時のニーズの違いに配慮するよう努める。」
解説:これは、ペットを飼っている世帯とそうでない世帯では、災害時に必要とする情報、物資、そして直面する困難が全く異なるという事実を、計画レベルで明確に認めたことを意味します。これまで画一的になりがちだった防災啓発や訓練に、より具体的で多様な視点を持つことを自治体に求めています。
避難所の周知:「市町村は家庭動物の受入れ方法等について、住民への周知徹底を図るものとする。」
解説:「ペットと避難できるか分からない」という情報不足が、多くの飼い主を危険な自宅に留まらせる「避難遅れ」の大きな原因となってきました。この修正は、自治体が受け入れルールを整備し、それを明確に住民に伝えることが、人命を守る上で不可欠な責務であることを強調するものです。
避難者の受け入れ:「…家庭動物と同行避難した被災者について、適切に受け入れるとともに、…受入状況を含む避難状況等の把握に努めるものとする。」
解説:「適切に受け入れる」という一文が加えられた背景には、ペット連れを理由に避難を拒否されたり、劣悪な環境に追いやられたりする「不適切な対応」が多発した現実があります。さらに、自治体が支援の前提となる実態把握すらできていなかったことを指摘し、責任ある対応を迫っています。
物資の調達:「家庭動物の飼養に関する資材の準備。」
解説:人間の食料や毛布と同様に、ペットフードやケージ、衛生用品なども公的な支援物資として備蓄計画に含めるべきであると明記されました。これにより、ペット用品は単なる「自助」の領域だけでなく、「公助」の対象となり得ることを示しています。
避難所の運営管理:修正前「市町村は、被災者支援の観点から指定避難所における家庭動物のための避難スペースの確保等に努める…」
修正後「市町村は、必要に応じ、被災者支援等の観点から指定避難所における家庭動物のための避難スペースの確保等に努める」
防災基本計画の避難所の運営管理の章で避難所でのペットの受け入れに関して「被災者支援等の観点から」との一文が追加されています。
解説:これが、今回の修正における最も核心的な部分です。次に、この一文が持つ決定的な意味を解説します。
なぜ「被災者支援」の一文が追加されたのか?―対応が遅れる本当の理由
数ある修正点の中で、なぜ「被災者支援の観点から」という一文が、これほどまでに重要なのでしょうか。それは、日本の自治体におけるペット防災の対応が遅れる根本的な原因が、この「視点の欠如」にあるからです。
これまで、多くの自治体では、ペットに関する問題は「動物愛護管理」の範疇として、主に環境省の所管分野(自治体では保健所や動物愛護センターなど)の業務と捉えられてきました。しかし、災害対応の主軸を担うのは、内閣府(防災担当)の指揮下にある防災部局や、被災者の生活を支える福祉部局です。
ここに、組織の「縦割り」という大きな壁が存在しました。防災や福祉の担当者にとって、ペットは「動物」であり、自分たちの直接の所管業務ではない。一方で、動物愛護の担当部署は、防災の専門家ではありません。結果として、平時には「所管外」として議論が進まず、災害時には「人命優先」を理由にペット対策が後回しにされるという事態が繰り返されてきたのです。
今回の「被災者支援の観点から」という一文の追記は、この構造的な問題を打ち破るための、国からの極めて強いメッセージです。ペットの災害対策は「動物愛護」の問題ではなく、ペットを家族とする「被災者」を救うための、紛れもない「被災者支援」であると、計画の最上位で定義し直したのです。
この視点に立てば、ペットの問題はもはや一部署の所管業務ではありません。防災、福祉、環境、衛生など、全部局が連携して取り組むべき、自治体全体の課題となります。自治体の対応が遅れてきた最大の理由は、この「被災者支援」という共通の視点が組織全体で共有されていなかったことに尽きるのです。
結論:「被災者支援」という視点こそが、ペットの災害対策の基本
防災基本計画の修正は、私たちに明確な答えを示しています。日本のペット防災を本気で前に進めるために、今、最も必要とされているもの。それは、新しい機材でも、莫大な予算でもなく、「ペット防災は被災者支援である」という、自治体組織、そして社会全体の根本的な意識改革です。
この視点を持つことによって初めて、首長から現場の職員一人ひとりに至るまで、ペット防災が「自分事」となります。縦割りの壁を越えた実効性のある計画が策定され、平時からの具体的な訓練や、獣医師会をはじめとする地域社会との連携が実を結ぶのです。
「被災者支援」という観点。この言葉を道しるべとすることこそが、飼い主、そしてその傍らにいるかけがえのない家族の命を守り、災害時に誰一人取り残さない社会を実現するための、唯一の道筋と言えるでしょう。
わたしたちNPO法人ペット防災ネットワークホームはこれまでずっと「災害時のペット支援は被災者支援である」と言い続けて来ました。
更に付け加えれば、災害時のペット支援はペットの飼い主だけではなく、飼い主以外の被災者や、避難所運営にあたる人々への支援でもあります。それがNPO法人ペット防災ネットワークのキャッチフレーズである「ペット防災、みんなの安心」に込めた想いです。
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